6 ページ6
再び部屋の扉が開いたときには、涙はすっかり乾いていた。なぜかトントンさんは一人で部屋に入ってくると、私の前に皿を一つ置いた。覗き込めば、中には茶色く煮込まれた豚足が入っている。
「豚足」
意図がわからなくて、トントンさんの顔を見上げるとそう言われた。いや、それは分かってるんですけど。とも言えず、トントンさんの様子を伺いながら手を合わせる。
「い、いただきます……？」
「おん」
うまく意図を汲めたようで安心する。器の上に乗せてあった箸を手に取り、豚足をつかんだ。恐る恐る齧り付くと想像よりもずっと柔らかい感触で戸惑う。甘辛く煮詰められた豚足は味付け自体は美味しかった。なにかのスパイスが入っているのか、独特の甘い香りで豚足の臭みもほとんど気にならない。気づけばトントンさんが私の目の前に座っていて、私が豚足を咀嚼するのを何も言わずに見つめていた。
私はこの美味しい豚足が上手く飲み込めないのを悟られてはいないかとひやひやしていた。味は美味しいのだ。でも食感が苦手だった。身のしまった肉を期待していただけに、余計にそう感じるのかもしれない。むちむちとした肉なのか判断しかねる不気味な食感に、なかなか喉が開かない。一口だけでは不自然なので、もう一度豚足に口をつける。口に含むと、豚足の油がとろりと溶け出してねちねちとした食感に変わる。それを噛み砕いた軟骨とともに嚥下しようとした瞬間、トントンさんが口を開いた。
「やっぱりここで働かへんか？」
驚いて、ごくんと喉が音を立てた。あ、飲み込めた。
「えーと、なぜでしょうか」
「人手が足りへんねん」
「でも、ここって……」
多分人肉売ってますよね？
答え合わせをする勇気はないので、流石に声には出さなかった。ただ、節々に残る疑念はほとんど確信に変わっている。先日見たヴィーガンをハムにする映画の影響も少なくはないかもしれないが、どう考えてもここは人肉屋としか思えなかった。肉屋に人間の死体がある理由が人肉を売り捌いている以外にあるだろうか。
長い沈黙を破ったのはトントンさんだった。深く息を吐きながら、パイプ椅子の背もたれに体重を乗せる。ギシッと椅子が悲鳴を上げた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 293人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
田中(プロフ) - 前々から気になっており、やっと今日読みました。素敵すぎました (10月19日 4時) (
レス) @page32 id: d6054e066b (このIDを非表示/違反報告)
凄惨ペロ(プロフ) - miiさん» コメントありがとうございます！拙作へのお褒めの言葉、とても嬉しいです。名残惜しいと言って頂けて、書いた甲斐があったと思えました。本当にありがとうござました。 (6月15日 20時) (レス) id: 7f89f8c794 (このIDを非表示/違反報告)
凄惨ペロ(プロフ) - 桜華さん» コメントありがとうございます。こうして無事に完結できたのは評価やお気に入りをしてくださった皆さんのおかげです。楽しんで貰えたならそれ以上に喜ばしいことはありません。本当にありがとうございました！ (6月15日 20時) (レス) id: 7f89f8c794 (このIDを非表示/違反報告)
mii(プロフ) - コメント失礼します。完結おめでとうございます！関連作ランキングから見始めたのですが、タイトルから滲み出る不穏さと、リアルでありながら綺麗に可愛らしく描かれた心情が、とても好きでした。名残惜しいですが、素敵なお話をありがとうございました。 (6月12日 3時) (レス) @page31 id: 2d3cfb07c5 (このIDを非表示/違反報告)
桜華(プロフ) - コメント失礼いたします！完結おめでとうございます。かわいいお名前に惹かれて読みに来たら、まさかのお肉屋さんでびっくりです！！しかし、多彩な文書によって最後までとても楽しく閲覧させていただきました。素敵な物語をありがとうございます！！ (6月11日 23時) (レス) @page31 id: 1bda5ccdb4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
